鼎談「セクショナリズムから遠く離れて」

 

2016年1月6日 於:秋葉原 DMM.make AKIBA

 

根津――根津孝太(znug design 代表)

郡司――郡司典夫(中央公論新社学芸局)

久米――久米泰弘(書籍編集者)

 

 

 

> 第2回 本の実用性

 

 

第3回 「親切」について

 

郡司――「親切」については、もっと深めてもいいんじゃないかと思いました。コミュニケーションがうまくいく、もっとも大切な要素かもしれない。

 

根津――なるほど。久米さんが、カート・ヴォネガットの小説『ジェイルバード』に出てくる「愛は負けても、親切は勝つ」というくだりを教えてくれて、本をつくるうえでの課題図書にしたんだよね。

 

郡司――客観的に見て、「親切」という求めず与えるだけの無意識の行為が、ひょっとしたら社会を活性化させる処方箋になるんじゃないかとすら思いました。

 

久米――「親切」の話は、あくまで技術論として、まずは戦略的なコミュニケーションというテーマで押していきたい、というのが根津さんの意見。ぼくもそれでいいと思ったのは、最後はデザインやモノづくりという視点を超えて、それらの話がどのように一般へ還元できるか、ひとつテーマになるかなと考えたからです。「デフォルトの壁」も同じですね。

 

根津――少し説明が難しいんですが、ぼくが大切だと思っているのは、善意は絶対必要だということです。ぼくが唯一コミュニケーションをとれないのは、悪意しかない人です。そんな人はめったにいないわけですけど。そこで、親切というのも、噛み砕いて分析してみると、ある種の戦略性があるとぼくは考えるんですね。それはなにも、わざとらしく点数稼ぎをするみたいな意味ではありません。そうではなくて、相手のことを大切に思うからこそ、その人のための専用プランを練って、コミュニケーションに臨む。そんな戦略性です。

 

郡司――無意識の親切にもきちんと善意の戦略があるということですね。

 

根津――はい。そうすると、さっきのサンヨーの出向社員のように、ぼくのためにわざわざ戦略をもって接してくれたのね、という感謝の気持ちが生まれるんです。それが自然に常套化した状態が「親切」だと思うので、まずはその源にある戦略の話をしておきたいということです。

 

久米――たとえば、スーパーで乱雑に置かれたカートを勝手に整理するとか、ほとんど無意識のうちに、そうしたほうが使い勝手がいいからとやっていたものが、次第に全体へ影響を与えていく。そんなことはよくあります。ごく自然な戦略性ですね。

 

根津――うん、相手の立場でものを考えるって結構タイヘンな行為で、それなりの戦略性がやっぱり必要なんです。善意に下支えされたマインドがないと、相手の立場で物事を考えることなんてできない。「デフォルトの壁」もそうで、今日、郡司さん相手にいきなり工業デザインの専門的な話をしても、ポカンでしょう。少しでもクリエイティヴなコミュニケーションをとろうと思ったら、そこにはやっぱり戦略性が必要なのではないかということです。

 

郡司――きっとかつてなく世の中が複雑になってきたから、そのような戦略性が必要になってきたという側面もあるんじゃないかと思います。かつてならある物事に対して、なんとなく共通した考えをもって接することができたのが、いまものすごく複雑になって、多様な価値観があって、親切と思ってやった行為が迷惑に感じられてしまうとか、ふつうにありますよね。とすると、何が親切になるのかを戦略的に考えなければならないのかもしれません。

 

根津――そうですね。

 

久米――朝起きたら、家のまえを掃くとか、かつては日常の風景でしたよね。そのときに、両隣りもほとんど習慣的におばあちゃんが掃いて、おたがいに「おはようございます」みたいな感じだったでしょう。そんな親切はふつうにやっていたことで、べつにお隣りさんに好かれようとか、戦略的にやっていたわけではない。それがいまや、「ウチのまえを勝手に掃くな」とか言われかねない状況も、それなりに想像できてしまう。そんななかでいきなり「親切」を言ってしまったら、精神論になってしまうので、まずは戦略的なコミュニケーションをとるところからはじめましょう、となる。

 

根津――まずその戦略的なコミュニケーションがないと、親切までたどり着けない。ハッキリしているのは、善意に下支えされた思考が求められているということです。「善意に下支えされた戦略的な思考」をどうやって育み、血肉化するかが問われているんですね。

 

久米――「愛」などというものは、戦略的になればなるほど、壊れたときのダメージが大きい。でも、そもそも意識的な戦略からは程遠い戦略性を自然に持った「親切」は、本来誰も嫌な気持ちはしないはずなんですよ。

 

郡司――だからぼくは、それが世の中を風通しよくする処方箋になるんじゃないかと思うんです。

 

根津――そうかもしれませんね。デパートのエレベータなんかで、降りるとき「開」のボタンを押して待ってくれる人って、いますよね。ぼくはいつもお礼を言ってしまう。

 

郡司――そのとき、気持ち良くなるのは、言われたほうだけでなく、お礼を言った根津さんも気持ち良くなるでしょう。

 

根津――なるほどね。それが「処方箋」の意味か。

 

久米――親切も突き詰めれば、やっぱりコミュニケーションの問題なんだ。

 

根津――親切をクリエイティヴな行為と思っている人はほとんどいないだろうけれど、そう考えてみると、親切はクリエイティヴなコミュニケーションを誘発する貴重な行為ですね。

 

久米――根津さんと会うと、自分がどんどん親切になっていくのが恐い(笑)。

 

根津――またですか(笑)。

 

久米――ぼくの愛はいつも、壊れっぱなしだからね。

 

根津――いやいや、久米さんの愛情はみんな感じてますよ。ちょっと苦いパウダーがまぶされているだけで(笑)。

 

郡司――ハハハ。第2回とほぼ同じオチ。

 

 

> 第4回 「素直さ」について